サイドストーリー

ミーシャ・テイト通信:敗北を受け止めて強くなる

2020年3月28日

ミーシャ・テイトは、ONEチャンピオンシップ副社長であり、女子格闘技界のパイオニア。不定期配信コラム「ミーシャ・テイト通信」、今回は自身が敗北から学んだことについて—。

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格闘家にとって敗北を避けるのは、ほとんど不可能だ。たとえ試合に一度も負けなかったとしても、トレーニング中に負けを経験しないことはあり得ない。

挫折、敗北、どう呼んでも構わないが、それは格闘家としてのキャリア、そして人生に必要なものだと私は思う。私たちを成長させてくれるのだから。

敗北を受け入れるのは誰にとっても簡単ではない。だが、自分の欠点を改善する機会と捉えることをおすすめする。

私自身のキャリアに関していえば、確実に多くを得たのは勝利よりも敗北からだった。

実際、2006年の私のアマチュアデビュー戦は敗北に終わった。

その時はとても恥ずかしかった。鼻の骨は折れ、目の周りには巨大な痣ができていた。こてんぱんに痛めつけられたのがまるわかりだった。

ネガティブなコメントや、格闘技の試合に出るなんて馬鹿なことをしたものだという意見をたくさん聞かなくてはならなかった。ただ黙って耐えていたけれど、胸の奥ではまた試合に出場したいとはっきり思っていた。次こそは証明する必要があった。勝つこともできるのだということを。



当時は私に期待をかける人はいなかったから、負けて失望したのは自分だけだったと思う。

家族は私が格闘技の世界に入ることについて心配し、多くの懸念を抱いていた。それにもかかわらず、母は試合を観にきてくれた。その夜、母の抱いていた不安はすべて現実になったと思う。それでも母は私の決断を応援し続けてくれた。

敗北を気にするなというのは不可能だが、私たちがすべきは、そこに教訓を見つけることだ。

初めての試合に負けて学んだのは、スポーツとしての格闘技の勉強を深める必要があるということ、試合の前はもっと必死に長い時間トレーニングする必要があるということ、それから、考えなしで無謀な行動を起こすと高い代償を払う羽目になるということだった。

それをいつも頭の片隅に置くことでやる気が高まり、最終的にはプロの格闘家になりたいと思うようになった。あの敗北は私が立ち直ってリングに戻ってくるためのきっかけに過ぎなかったのだとみんなに見せたかったし、そのとおりに実行したのだ。

さらに素晴らしかったのは、たった数ヶ月で次の試合に勝利できたことだ。とてもいい気分だった。何しろ、誰もが知っている敗北後のひどい気分を味わったあとだったのだから。いつでも自分を再構築する方法を見つけることができると自分に証明したのだ。おかげで、人生においてリスクをとることをよりおそれなくなった。

覚えておいて欲しいのは、どん底の気分は決して永遠には続かないということだ。もし必要があれば、私たちは何度だってゼロからやり直せる。

現実的に考えれば、2人のアスリートがサークルに足を踏み入れれば、必ず一人が負けるのだ。つまり試合に臨むたび、負ける確率はかなりある。もちろん、そう考えることは負けることそのものと同じくらい恐ろしいと認めざるを得ない。

だが、敗北はひどいものだと一言でおさめてしまうのは不正確だ。誰もが人生で敗北を経験するし、そこから学べるものは非常に大きい。

エドゥアルド・フォラヤン(フィリピン)エディ・アルバレス(米国)戦での敗北がいい例だ。フォラヤンは負けたからといって信頼を失うことはなかった。フィリピンのファンたちは彼を敗者としてではなく、国のヒーローとして見ていた。

そして、たとえ連敗したとしても、いつか勝利のチャンスはくることを忘れないで欲しい。

格闘家になったばかりの頃、2試合続けて負けることなんてあり得ないと思っていた。でも、それは現実になった。

とてもつらかったけれど、初めての敗北と同じようにその経験からやる気を奮い起こし、現在と未来に集中するようにした。

決して、敗北したからと言って、進歩の過程を止めてはいけない。私は誰にでも自分の心が惹かれる方に大胆に足を踏み出すことを勧めるだろうし、挫折することも勧めるだろう。人生最悪の体験をする準備ができていなければ、人生最大の素晴らしさを知ることもできない。

勝利の味が甘いのは、挫折の苦さを知っているからだ。どちらか片方だけを本当に味わうことはできないのだ。

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