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ONE選手秘話:アドリアーノ・モラエスと修斗南米大陸王座戦

2020年5月6日

2013年6月23日、アドリアーノ・モラエス(ブラジル)は劣勢と見られていた前評判を覆し、キャリア最高の勝利とONEチャンピオンシップ本大会への契約を勝ち取った。

モラエスは母国ブラジルでの最後の試合で、空位だった修斗フライ級南米大陸王者のタイトルを獲得。この勝利がきっかけとなり、さらなる活躍が待つONEの舞台へのチケットを手に入れたのだ。

「2013年に修斗の南米大陸王者になった時のことを覚えている。素晴らしい大会だった」と31歳のモラエスは振り返る。

「修斗のブラジルの会長がマナウスで大きなイベントを開いた。対戦カードにたくさんの有名選手が名を連ねる、大きな大会だった。自分の対戦相手はジレノ・ロペスだった。彼は13勝0敗、自分は8勝0敗だったから、無敗同士のチャンピオン争いだった」

ロペスは13勝のうちフィニッシュ勝ちが12回で、対戦相手が物足りないとでも言うかのように、ブラジリア出身のモラエスはおよそ2,000キロメートル移動して地元のお気に入り選手と戦わなければならなかった。

「マナウスに行って戦うのが、とても怖かったことを覚えている。別の場所に行って、そこのホームのヒーローと対戦するのは初めてのことだったから」

「着いたとき、本当に、本当に暑かった。みんな優しかったが、ファンもメディアも全ての注目を集めていたのはジレノだった。みんなが彼を応援していた。自分はそんな中、落ち着いて、そこでのゲームを理解しなければいけなかった」

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だがモラエスは、ロペスのためのショーで引き立て役を演じるつもりはなかった。彼は無敗の新星であり、戦歴に傷をつけるつもりはなかった。

ブラジリアン柔術黒帯のモラエスは、目の前の挑戦のために全力を尽くして準備してきたし、信仰も持っていた。

「連勝をキープし、夢を持ち続けたかったから、神に感謝するためにたくさん祈りを捧げた。試合当日、目覚めたら本当に前向きな気持ちでいたし、試合の準備は万端だった」

その前向きな姿勢はまず会場に入った時に試された。観衆が一斉に「uh, vai morrer(ウー・バイ・モレール)」と合唱していたのだ。



他の選手であれば、この威圧的な雰囲気に挫けてしまったかもしれない。だがモラエスは騒音を遮断し、目の前の相手に集中し続けた。

「(uh, vai morrerとは)ブラジル人が敵に言う言葉で、『お前は死ぬだろう』というような意味。誰もが相手を応援していたから、自分は強さを保たなければならなかった」

「アナウンサーが自分の名前を『アドリアーノ・モラエス!』と叫んだ。本当に集中してリングに入った」

「全ての観衆が叫んでいて、リングには過去の激闘の臭いを感じた。まるで地獄に入っていくような感じだった。でも自分は集中して、相手の入場を待っていた」

ロペスはリングに上がると、観衆の声援に支えられ、勢いに乗ってスタートを切り、第1ラウンドを優勢に進めた。

モラエスはスコアカードで遅れを取っているとわかっていたため、試合の方向性を素早く変えなければならなかった。ベルトが懸かった試合であり、しかも無敗の記録も、格闘家としても夢もある。モラエスは流れを変え始めた。

「ゲームを変えないといけないと分かっていた。だから第2ラウンドは良かった」

「相手を倒して、激しいグラウンドパンチを浴びせ始め、ダメージも奪った。ボディへのキックも始めた」

「その後、第3ラウンドでボディにいいキックを入れて、それで終わった。向こうは戦いを続けられなかった。レフェリーが2人を引き離し、自分が修斗の南米大陸王者になったんだ!」

ONEフライ級世界王者のアドリアーノ・モラエス

大方の予想に反し、モラエスは劣勢と思われていた中で、しかもリングの外でも中でも厳しい抵抗に合いながら勝利を掴んだ。

当時のモラエスは知る由もないが、この激戦の経験がその後、世界最大の格闘技団体ONEで成功を収める礎となった。

モラエスはマナウスでの勝利をきっかけに、ONE参戦のチャンスと共に、ONEでも自分がやっていけるという新たな自信を得た。

「自分ができるなんて誰も信じていなかったから、素晴らしいことだった」

「そこから上向き始めて、自分の人生とファイターとしてのキャリアで、次のレベルに進む準備ができた」

7年近く経った今、モラエスはONEフライ級世界王者に君臨し、王座を守り続けている。

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