ムエタイ

2種目でランク2位、スーパーレック・キアトモー9のこれまで

2020年6月6日

スーパーレック・キアトモー9(タイ)は、ONE公式アスリートランキングで、フライ級ムエタイとキックボクシングの2部門で2位につける。

ONEチャンピオンシップには2019年2月の「ONE: CLASH OF LEGENDS」でデビューし、これまで2戦2勝。

この記事では24歳のスーパーレックがONEにたどり着くまでを紹介する。

近所のジムで

スーパーレックは、タイ東北部のブリーラム県ののどかな田舎、プラコーンチャイ郡で、生まれ育った。子供の頃は父親の顔すら知らなかった。

「母はバンコクに出稼ぎに行っていたので、祖父母に育てられた」と、スーパーレックは語る。

「たまに家に帰って来たけれども、ほとんど出稼ぎに行っていた」

スーパーレックと弟、2人の子供のために、母親は家政婦として働いた。

こうして得た収入は、将来世界チャンピオンになるスーパーレックと、弟の生活に安定をもたらした。また、祖父母はその地域の伝統に沿って、コメを育て、食料を採集した。

スーパーレック8歳になった時に、祖父に連れられてスーパーレックを有名なムエタイジム「キアトモー9ジム」を訪ねた。生まれ育った家からたった300メートルしか離れていなかったのだ。

祖父は孫が格闘技を通じて良い人生を送ってほしいと望んでいた。そして、すぐにスーパーレックは夢中になった。

2、3週間のトレーニングの後、スーパーレックはジムのトラックの荷台に乗り込み、地元の寺院で開催される大会準備に向かった。必要なのは対戦相手だけだった。

「試合をとても楽しみにしていた。やったことがなかったし、たくさんの人がいた」

幸運にもちょうど良い対戦相手が見つかった。スーパーレックはジムに戻って休み、そして初試合のために寺院に戻った。こうした移動があったにも関わらず、プロ初戦を白星で飾ることができた。

「とても楽しかった。150バーツ(約500円)が支払われた。お菓子を買って残りはおじいちゃんにあげた」

以来、スーパーレックは、対戦相手を探しながら地方の大会をチームメートと共に転戦した。その才能が見出されるのに、そう長く時間はかからなかった。

すぐに地方で名を挙げ、興行者は予めスーパーレックをおさえるために電話をかけてくるようになった。

仲間に助けられ

バンコクの名誉あるルンピニースタジアムの試合に出場ができる年齢に達するまで、スーパーレックはチームメートと共に転戦を続けた。

当時はよくジムのベテランアスリートたちに助言を求めていたという。

「スタジアムに参戦経験のあるジムの先輩のファイターたちを見て『どうやったら彼らと同じくらい稼げるんだろう』って考えたんだ」

「ジムに行って、彼らと同じようにトレーニングをした。彼らとスパーリングをした時に、新しい技術が学べるように質問した」

「その後、試合で実際に使えるようになるまで、頭の中で復習をして、トレーニングで練習した」

「キアトモ―9ジム」は、ジム以上のコミュニティ的性格で知られている。所属する全てのアスリートが成功できるよう、ジムでは全員がそれぞれできることを真剣に取り組んでいるのだ。

キャリアの中断

数年間地方での試合を経験した後、スーパレックはムエタイのキャリアのドアが開いていくのを感じた。トレーニングでも調子をつかみ、将来のスタジアムでの試合に備えて体を仕上げ始めた。

チームメイトをサポートするためにバンコクに行った際、スーパーレックは自分が何をできるか分かっていた。ジムの他のアスリートが手本だった。

だが、ルンピニーでの初試合は思い通りには行かなかった。

「バンコクでの最初の試合に負けたんだ。その後の3試合も負けた」

「とても焦っていた。なぜかわからなかった。一生懸命トレーニングしたのに。4戦連続で負けたことはそれまでなかった」

「振り返ってみると、緊張のせいだったと思う。ルンピニーでは全てが違った。1ラウンドは2分だったし、まだ若かったし、ライトも眩しかった」

だが、ジム側はスーパーレックにとって再び地方転戦をするのはベストな選択ではないと決断した。一時的なものであったとしても、キャリアの後退になるからだ。

それでもスーパーレックはすぐに好調を取り戻した。見知った相手と対戦し、高名なスタジアムに舞い戻り、そして勝利を挙げたのだ。

チャンピオンに

ランキングを瞬く間に駆け上り、スーパーレックは何度も世界チャンピオンの座についた。

ルンピニースタジアム・ムエタイ世界タイトルを2度、世界ボクシング評議会(WBC)世界タイトルを1度、タイ国内タイトルを3度獲得するなど、輝かしい経歴を残してきた。

スーパーレックはONE初試合を前にこんな謙虚な言葉を残している。

「ただ試合に出たかった子供だった」

「今いる場所まで上り詰めるとは考えてなかった。何をするか、何ができるか、何を成し遂げられるのか知らなかった」

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