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デメトリアス・ジョンソン、若松佑弥戦を振り返る

2020年4月15日

デメトリアス・ジョンソン(米国)は、ONEチャンピオンシップに参加した時点で既に、正真正銘のスーパースターであり、「ONE:A NEW ERA 新時代」でのONEでのデビュー戦は、ONE史上最も期待が高まった大会の1つとなった。

現代の伝説ジョンソンは 2019年3月31日に東京・両国国技館で開かれたその大会で、若松佑弥とONEフライ級世界グランプリ(WGP)準々決勝を戦い、第2ラウンドで勝利を収めた。

総合格闘技で既にに多くを成し遂げてきたにもかかわらず、ジョンソン(当時12回のフライ級世界チャンピオン)は、生涯の目標の1つを達成するための最初のステップとして、ONEでキャリアを始めることを楽しみにしていた。

「フライ級部門がなかったから、グランプリに参戦する唯一の方法は、日本に行ってPRIDEに出ることだった」

「誰もが自分よりも遥かにに大きかったから、そうはならなかった。だから自分にとって、グランプリのベルトを獲得することは常に、やりたかったことの1つだった」



ジョンソンは、世界最大の格闘技団体ONEがONEフライ級WGPを開催することを知って胸が高鳴った。そして準々決勝ラウンドで、ビッグヒッターである若松と対戦することになったのだ。

若松はその時点で、10勝のうち9勝がノックアウト勝ち。だがジョンソンは、どんな相手でも自分の経験を頼りに戦い抜けると信じていた。

「通常、実際にはゲームプランというものはない。試合に出て、戦い続けるだけ」

「もちろん、若松は力があり、有名ジム『TRIBE TOKYO M.M.A』での素晴らしいトレーニングをこなしてきていた。自分は距離感を試してくつもりだったが、近距離で戦いたいといつも思っていた」

ジョンソンは第1ラウンドで懸命にテイクダウンを狙いにいくが、若松は運動能力の高さを生かし、倒されてもすぐに立ち上がる。さらに若松は立ち技で激しいパンチも何度も決めた。

だがジョンソンは危険を賢く察知し、若松の距離にさせないよう最善を尽くす。

「彼はいつも、自分が距離を越えて近づいてくるのを待っていた。前に出るたびに、若松はいつも後ろに下がり、大きな一撃を出す瞬間を待っていた」

「自分としては、その距離まで来たときは、頭を動かし、体を動かしながらプレッシャーをかけ続けた。こうやって、息つく暇を与えないようにした」

ジョンソンはそれらの戦術をすぐに実行に移した。最初の30秒以内に若松を倒し、もう脅威となる打撃を食らうことがないようにした。

ジョンソンはガードをくぐって、巧みに優位なポジションまで移ると、ついにサイドコントロールからフィニッシュのチャンスを得た。

「サイドコントロールでは、ヒジを出して頭を打ちながら、遠い方の腕でキムラかアームバーに行こうと狙っていた」

「でもできなかったから、ギロチンチョークに切り替えてヒザで頭を打った。彼が頭を守ろうとした隙に、チョークにいった」

たまらず若松はギブアップし、ジョンソンはサークルの真ん中で喜びのパフォーマンスを見せた。

ジョンソンはONEデビュー戦での勝利に歓喜していたが、敗者へ敬意を表し、興奮を抑えた。

「試合の後、若松のところに行ってあいさつし、試合への感謝の気持ちを伝えたかった。自分のコーナーにもね。勝利を祝うのではなく、敬意を示すために」

その勝利は、ジョンソンのONEフライ級WGPチャンピオンへの道の始まりであり、忘れることのできない夜となった。

ジョンソンは今、人生のやりたいことリストのうちの1つをやり遂げた。そして今年、フライ級世界王者のアドリアーノ・モラエス(ブラジル)に挑戦する機会を切望している。

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