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【10/13大会】デメトリアス・ジョンソン、努力家の母に学んだ王者への道

2019年10月3日

若い頃から、DJことデメトリアス・ジョンソン(米国)は、頑張ればなんでもできる、ということを母から学んできた。

この価値観のおかげでジョンソンは、世界王者に上り詰め、数多の格闘技界のスターになることができた。

ジョンソンは、10月13日に東京・両国国技館で開かれる「ONE: CENTURY 世紀」の朝の部ダニー・キンガッド(フィリピン)を相手に、ONEフライ級世界グランプリチャンピオンシップ(WGP)決勝戦に挑む。子供の頃から心に刻んだこの信念を思い出しながら、戦うことだろう。

「間違いなく、母からはいい影響を与えてもらった。母はいつも『欲しいものがあれば、行くべき場所に行って、手に入れなさい』と、話していたものだ」

母カレンは、虐待を行なっていたジョンソンの継父と離婚した後、女手一つで子供を育てた。彼女は、勤勉の価値を信じるのみならず、体現することに重きを置いた。

聴力障害を持って生まれたカレンは、決してその事実を言い訳にしたことはなかった。ジョンソンですら、母親の障害のことは知らずに育ち、また実際にその事実を知った時は、信じることができなかったという。

「母はいつも話す時は、顔を見て話してくれ、と言っていた。唇の動きから言っていることを読めるようにね。姉が教えてくれるまで、母が耳が聞こえないってことを知らなかったんだ」

「母は、『そうよ、私は聴力障害がある。だって、あなたが他の部屋で何かいるものがある時、床を叩いて教えるようにお願いしていたでしょう?』と言ったよ」

「母は、手話を学ばなかったんだ。テレビは字幕付きで見ていた。今思い返せば、なぜそういうことをしなければならなかったかが分かる。読唇をするのはすごく大変だし」

「当然ながら、母はすごく苦労をしたと思う。他の聴力障害者のように手話を学ばず、読唇だけで行くのは大変だ。だけど、彼女が生まれ育った60、70年代のケンタッキー州では、機会が限られていたのかもしれない」



ジョンソンは、母親の教えを33歳になった今でも忘れることはない。

「『一生懸命やれば、なんだってできる』という母の言葉はいつも自分の心の中にある」

母親が教えてくれた教訓を実行し、フライ級世界タイトルを獲得した上、次から次に挑戦者を破り、11回も防衛した。

ジョンソンは、この成功は、10代の頃に築き上げた強固な信念の賜物だという。

15歳で週末のアルバイトを始めた時に培った労働倫理をそのまま総合格闘技で生かしているのだ。

12度の総合格闘技フライ級王座に輝いたジョンソンだが、成功までの近道などなかった。ただ、母親の教えに忠実に従っていただけだ。仕事をしながら、連日ジムでのトレーニングを重ねる、という繰り返しを律儀に行なっていたのだ。

「自分の親が経済的に恵まれていないなら、欲しいものは自分で手に入れるしかないんだ」

「最初に世界タイトルを獲るまでは、仕事を続けてきた。自分の部屋も欲しかったし、自分の車も欲しかった。だから、ずっと頑張って働いてきたんだ」

「それを払ってくれる人や、タダでくれる人はいなかった。このことが総合格闘技での成功に繋がっているんだ」

東京・両国国技館 | 10月13日 (日) 8時半(朝の部)/17時(夜の部)| チケット好評発売中!!
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「ONE: CENTURY 世紀」は、さまざまな格闘技から28人の世界チャンピオンが参戦する、史上最大の世界選手権格闘技イベントだ。フルスケールの世界選手権格闘技イベント2大会が同日開催されるのも、史上初めてのことである。
複数の世界タイトル戦、世界グランプリチャンピオンシップ決勝戦3試合、そして世界チャンピオン同士の対決をふんだんに取りそろえ、ONEチャンピオンシップが東京の両国国技館で新地平を切り拓く。