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【9/6大会】英国格闘家のサラブレッド、アンバー・キッチンの生い立ち

2019年9月2日

アンバー・キッチン(イギリス)は、9月6日(金)のONEデビュー戦で格闘家サラブレッドの血筋を見せつけてくれるだろう。

20歳のキッチンはベトナム・ホーチミンでの「ONE: IMMORTAL TRIUMPH」で初のメジャー戦に臨み、ONEムエタイ・ストロー級で、スロバキアのヴィクトリア・リピアンスカと対戦する。

これまでも最高の対戦相手を探して世界を巡ってきたキッチン。ONEチャンピオンシップは彼女にとって、ついに見つけた世界最強の格闘家たちと存分に戦うことのできる場所だ。

リングでの実力を世界に披露する機会を目前に、キッチンが「エリート格闘家」となるために生まれてきた自らの生い立ちを語った。

偉大な両親と

キッチンはイギリス、コーンウォールの海岸沿いにある小さな町ペンザンスで生まれ、両親と双子の姉妹、アラヤと共に暮らしていた。

母親のジュリー・キッチンは世界ムエタイ14冠に輝き、イギリスで史上最多のタイトルを持つ格闘家の一人だ。父親のネイサンはジュリーの現役時代のトレーナーを務め、現在はアンバーの所属先であるTouchgloves Gymを経営する。

アンバー・キッチンが生まれた時から格闘技と深いかかわりを持つことは必然だったが、成長するまでは母の栄光の偉大さをあまり理解していなかった。

「(母のキャリアについて)子どもの頃はあまり深く考えなかった。まったく普通のことだと思っていた。今、振り返ってみて初めて、母がどれだけ努力してきたか、どんなに素晴らしい選手だったかわかる」と、キッチンは語る。

「両親が海外に遠征する時、アラヤと私はおばあちゃんのところに預けられていた。母が勝ったかどうかを知らせる電話が来るのがすごく楽しみだったのは覚えている。幼かったから、それ以外のことは気にしていなかった」

双子の姉妹が格闘技の練習を始めたのは3歳の時だが、無理強いされていたわけではない。両親は2人にスポーツへの情熱を自由に追求させてくれた。だが、アンバーにとっては勉強が一番大切だった。

「学校では他のスポーツも試した。海の近くだから、ほとんどの人はサーフィンをしていたし。私も試してはみたけど、あまり楽しくなかった。ほかにもいくつかスポーツをやってはみたけれど、いつも結局、ムエタイに戻ってきた」と、キッチンは語る。

「中学校ではすごく大人しくて、友達も数えるほどしかいなかった。でも勉強を頑張っていたから、成績は良かった」

「いつも、宿題を一生懸命していたから、その頃はムエタイの練習はあまりしなかった。GCSE(英国の義務教育修了試験)のための勉強に集中していたから」

ジュニア大会

様々なことに打ち込んできたキッチンだが、それでもムエタイは成長過程において大きな部分を占めていた。

幼いキッチンは、ムエタイのトレーニングを開始してすぐにアマチュア大会に出場するようになった。初めて競技としての試合に出場したのは9歳の時だ。ジュニアリーグではイギリス大会、ヨーロッパ大会、世界大会でチャンピオンに輝いた。それほどの成功を収めたにもかかわらず、その頃はムエタイに全力を注いでいたわけではなかったとキッチンは認める。

「アラヤと私はイギリス中のいろいろな大会に参加したし、イギリスを代表してトルコで戦ったりもした。ジュニアリーグでは負け知らずだった」と、キッチンは言う。

「私たちはジムで育って、そのままトレーニングを続けてきた。でも、私は小学校から中学校の間、本気の時とそうでない時とムラがあった」

16歳で別の目的でタイを訪れた時、キッチンは初めて心からムエタイに夢中になり、選手としてのキャリアに本気で取り組んでいきたいと思った。

「もともとは、タトゥーアーティストを目指していた。大学ではアートとデザインを専攻したし、タイに行ったのは竹を使ったタトゥーを学びたかったから」と、キッチン。

「でもタイについたら、ムエタイのトレーニングを始めていた。それで思った。『こっちの方が私に向いてるんじゃない?』って」

人生の分岐点

ジュニアとしての成功と有名な両親の存在により、キッチンがジュニアリーグからランキング戦に進む時の周囲の期待は高かった。だが、キッチンのキャリアは危うく、始まる前に終わってしまうところだった。

イギリスのジュニアリーグでは、頭部への攻撃は禁止されている。ランキング戦での新たなルールとトレーニング不足は、期待の新星と呼ばれたキッチンの前に大きな壁として立ちはだかった。

「ジュニアからランキング戦に進んだ時は、本当に苦労した。最初に3試合に続けて負けた。すごくショックで、ムエタイを続けていきたいかどうかわからなくなった」と、キッチンは認める。

「最後の敗戦の後、父が私に言った。『明日の朝、ジムに来てきちんとトレーニングし直すか、ムエタイをやめるかだ。娘が怪我をするところはもう二度と見たくない』」

キッチンにとっては、人生の分岐点となる瞬間だった。双子のアラヤはすでに別の道を進むことに決めていたが、キッチンは自分の実力を証明する前にムエタイを諦めたくはなかった。

「ものすごく落ち込んで、ひどい不安に苦しんだ。最初の一歩を踏み出す前に諦めたくなるような敗北を3回も経験したのだから」と、キッチンは語る。

「ただ、自分を証明したかった。1試合でいいから勝ちたかった。それだけで満足できると思った。これまでムエタイに費やした時間は無駄じゃなかった、何かを達成したのだという気持ちになりたかった」

「その時、私の中で何かが変わった。自分をごまかして、トレーニングに真剣に向き合ってこなかったことに気がついた。だからトレーニングに力を入れようと決めて、努力し続けた。それからは一度も負けたことがない」

次のレベルへ

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ターニングポイントとなったその時以来、キッチンは烈火の勢いを見せている。最も厳しいといわれる大会に挑戦し、WBCムエタイのイギリス大会の勝者となり、より強い対戦相手を求めて海外でも戦ってきた。

「30ー40試合の経験を持つ選手とも戦ったし、”かませ犬”としてアウェーの戦の経験もある」と、キッチンは言う。

「アメリカに行った時は、現地の新進気鋭のアスリートたちとタイトルを賭けて戦った。頭の隅ではこの状況で勝つなんてありえないと思っていたけれど、戦って勝ち抜いた」

「この時、本当に自分を信じることができた。真剣に、全力でトレーニングに取り組めば、本当に勝つことができるんだと思えた」

現在までの連勝記録と素晴らしい格闘家の血筋が、キッチンを世界最大の格闘技団体ONE参戦へと導いた。ONEの大会でムエタイ選手としての名をとどろかせたいとキッチンは願っている。

「格闘技をやる者なら誰でも、ONE参戦を夢見ている。世界最大の舞台で戦えるのだから」と、キッチン。

「想像し得る最高の機会だと思っている。私にとっては、大きなステップアップ。世界最高レベルの対戦相手と良い試合をしたいと心に誓っている。最終的には世界タイトルを目指すつもりだ」

ホーチミン | 9月6日 (金) | 21時(日本時間) | 中継:ONEチャンピオンシップ公式アプリで生中継(無料)