Opinion

修斗VSパンクラス特別連載2:海外参戦で交流機運

2019年10月4日

修斗とパンクラスが対立していた頃、総合格闘技の世界地図は現在とは全くといっていいほど違っていた。現在は北米ならUFCやベラトール、アジアならONE チャンピオンシップと棲み分けされている感があるが、当時は日本が世界の中心地だったのだ。  

その証拠に両団体のトップファイターたちはUFCがスタートすると、こぞって挑戦するようになる。当時パンクラスで顔面パンチは反則で、代わりに素手による掌底攻撃を認めていた。対照的に修斗はオープンフィンガーグローブ着用による顔面パンチの使用を認めていたが、どちらの団体ともグラウンド時の顔面パンチを認めていなかった。  

にもかかわらず、パンクラスの外国人エースだったフランク・シャムロックは第1回UFCからホイス・グレイシーのライバルとして活躍した。1997年2月にはパンクラスの高橋義生が日本人選手として初めてオクタゴンの中で勝ち名乗りを受けた。同年5月の大会では修斗のエンセン井上も勝利をあげている。 

そうした中、格闘技全体に交流の兆しも。1999年、当時組み技のワールドカップといわれたアブダヒコンバットで修斗で闘っていた桜井マッハ速人と宇野薫がそれぞれ準優勝を飾り、一躍その名を世界に轟かせた。一方、パンクラスは着衣ありの総合格闘技系武道・大道塾との交流をスタート。一気に総合系の団体が交流するムードすら漂い始めた。  

2001年の同大会では優勝したパンクラスを主戦場とする菊田早苗、修斗を主戦場にしていた五味隆典や加藤鉄史、いまや国会議員となった須藤元気、リングスの田村潔司、高坂剛らが呉越同舟。現地のビーチでは日本代表チームによる夢の相撲対決も次々と行なわれた。その直後、日本チームの集合写真を撮った筆者は時代の変わることを予感した。  

海外で一致団結することで、日本の総合格闘技界の“ベルリンの壁”は崩壊しようとしていた。  

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「ONE:CENTURY 世紀」夜の部「ONE:CENTURY PART Ⅱ」では、日本を代表する総合格闘技団体の修斗とパンクラスの4階級の両団体王者が激突する。10月13日に迫った東京・両国国技館での決戦を前に、両団体の歴史を連載で振り返る。


布施鋼治(ふせ・こうじ)1963年7月25日生まれ。札幌市出身。スポーツライター。中でも総合格闘技、キックボクシング、レスリングへの造詣が深い。五輪は北京大会以降、連続して現地取材を続けている。ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作の「吉田沙保里 119連勝の方程式」(新潮社)などの著書がある。Number、共同通信で格闘技コラムを執筆。テレビ東京系列の番組「格闘王誕生!ONE Championship」では解説を担当。

 

 

東京・両国国技館 | 10月13日 (日) 9時(朝の部)/17時(夜の部) | チケット好評発売中!!