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日本ライト級の秘密兵器!レスリングエリート江藤公洋の挑戦

2019年7月10日

 日本の格闘技ファンにはお馴染みの大沢ケンジ氏が主催する和術慧舟會HEARTS。前ONEストロー級世界王者の猿田洋祐など強豪選手が数多く所属する、西新宿のジムに江藤公洋も名を連ねている。

中学までレスリング未経験ながら、高校時代にはグレコローマンとフリースタイルで全国制覇を達成。その後、名門・専修大学レスリング部に入部した江藤は、卒業後にレスリングを引退し、放浪してしまう。今でこそ、ONEライト級の有力選手である江藤だが、彼の青年時代にいったい何があったのか。

「中学時代は、5歳上の従兄弟に憧れて柔道をしていました。あまり柔道が強い学校ではなくて、顧問の先生がいない時期なんかもありましたね。でも、3年生になって進路を決めるときに、モスクワ五輪で日本代表に決まっていたレスリングの清水清人先生が熱心に誘ってくださいました。それで、柔道からレスリングに転身しました」

 清水氏の見立て通りに江藤はレスリング選手として頭角を現し、全国制覇を成し遂げた。そして、今度はレスリングの名門である専修大学から声がかかり、入部を果たした。将来は、五輪金メダリストか、プロレスラーか。彼の将来は順風満帆に見えた。

「当時は、既に吉田沙保里選手や伊調馨選手が活躍していて、女子レスリングは注目を浴びていました。でも、男子はそんなことなかったし、仮に金メダルを獲ったところで、将来はどうなるんだろうという不安があって、明確なビジョンが見えませんでした。そういうなかで、21歳のとき全国大会の決勝戦で、自分が勝ったと思ったのに、納得できない判定で相手にポイントが入って負けてしまったことがあったんです。そこで、一気にモチベーションが落ちてしまった」

 その後、レスリングから離れ、アルバイトなどをしつつ放浪の日々を送ることになってしまった。

「でも、流石にこのままじゃいけないと思って、就職をすることにしました。確か、6社くらい受けて、全部合格できたのですが、新宿の不動産会社の社風や、社長の人柄が良くて、決めました。その頃に、大学でレスリングの練習とかも始めました。練習時間を確保できたのも会社の理解のおかげです。それに、海外での試合でも、社長が応援に来てくださって、感謝しています」

 江藤は、ONEウォリアーシリーズに初めて出場した頃、まだこの不動産会社に勤務するサラリーマンだった。しかし、現在は状況がかなり変わったという。

「今年からは、格闘技一本でやらせてもらっています。勤務していた会社が、そのままスポンサーになってくださって、とてもありがたいです」

 江藤と話していると、底知れぬ強さと同時に、純粋で真面目な人柄に惹かれる。フリーター生活に終わりを告げ、再びがんばり始めた彼の状況を、周囲のサポートが好転させていく。

「大学のレスリング部では2ヶ月くらい練習していたのですが、上迫(博仁)先輩が、HEARTSを勧めてくださって、決めました。プロ格闘家になるなんて考えてなかったのですが、大沢さんが背中を押してくれて、練習を始めて2ヶ月くらいでアマ修斗に出ました」

 アマチュアで結果を残し続けた江藤に、プロ転向という転機が訪れたのは、偶然だった。

「試合が決まっていた上迫先輩が怪我をしてしまって、先輩の勧めで代役出場したのが、プロデビュー戦です。本当に、周りの人たちに感謝しています」

 江藤公洋の魅力は、強さだけではなく、その人柄にもある。周囲をどんどん味方につけて、道を切り開いていく。かつて、将来のビジョンが見えないと不安がっていた青年の姿は、そこにはない。

 江藤は、今できることに全力を尽くし、自分の道を力強く歩んでいる。

「自分が夢中になれることを、いつでも忘れないようにしたいです。一度、見失っているだけに、その大切さが身に沁みています。現役である間もそうですし、いつか現役を引退したとしても、そこで夢中になれるものをまた見つけられるような生き方がしたいですね」

 江藤は、全力で人生を愉しんでいる。それ故の輝きが、彼にはある。